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講座「アートとしての数学」第12回メモ

予定テーマは「二の全般について」と「三について」だったが, 講師が話しはじめてまもなく, 参加者の問題意識の"地雷"を踏んでしまい, その地雷をめぐる議論で終わった。その議論は, 近代ヨーロッパの数学やテクノロジーを生んだ文化の, 特殊性と普遍性の問題に関わることである。その議論の整理と進展は, 今後の講座の展開の中で示されてゆくだろう。

当初の予定テーマは次回に持ちこされた。


上に書いた議論についてもう少し書こう。

(イ)・・・講師の話題提起。予定にそって, 数の計量性と象徴性について話そうとした。ところで, この講座も12回目。12はひとめぐりの数。・・・ 1年は12ヵ月, 子丑寅卯の十二支, 1オクターブは12半音 ・・・・。 この節目に今までの参加者の意見を, 「計量性と象徴性」に関連するキーワードを軸に, 振り返ってみよう, と思った。

美術作品は, 直接には, その色や形で感覚に訴えるものだが, 同時に, 構造性をもっている。感覚に訴える<イメージ>とそれを支える<構造>。

音楽作品は, 直接には耳に聞こえる音の配列として現れるが, 実際の音以前に, 作曲家がいだく構造性がある。他方, 実際の音楽は, それが演奏される文化的文脈の中で位置付けられ味わわれる。<文脈性あるいは物語性><実際の音の実現化><音の配列を支える構造性>の三相をとらえることができる。

数は, 現代では計量のための道具と思われているが, 古代へ振りかえるほどに, 数にもイメージや象徴性がどっさりまといついている。数の<イメージ>と<計量性あるいは構造性>

美術作品, 音楽作品, 数, それぞれについて発言された重層性,すなわち, <イメージ>と<構造>, <文脈性>と<実際の音>と<構造性>, <イメージ>と<計量性> は,おおまかに並行的なものとしてとらえられるだろう。つまり, まとめれば, <イメージ>と<構造>の対極性としてとらえられる。
以上は参加者の発言を受けて, 私なりの理解を自分の言葉使いで表したもの。

この上で私見を述べると, 私の思いの中の風景には, <イメージ>と<構造>の対に加えて, それらの向こうに<直覚>と呼んでいるものがある。<直覚>は, <イメージ>と<構造>の向こうから, 不意に訪れるようなものである。

(ロ)・・・参加者の意見交換。 今日, 先日の議論を振りかえると, (イ)の講師の話題提起のどの部分が刺激となって, その後の議論にどうつながったのか私にははっきり言えないでいるが, その後の議論を簡単に思い出しておく。

出された発言の中で, 中心となる問いかけは次のようなことだったと思う。近代ヨーロッパの, 特にその数学やテクノロジーを生んだものとしてのヨーロッパ文化は, もちろん, 世界の片隅でたかだかこの数百年発達した特殊な文化と見ることはできるが, そのパワーにおいて, 強力な普遍性を感じさせる。そのパワーとは, 数学や物理における原理還元性や要素還元性, 誰が試しても同じ結果を得る検証可能性, 精度の高い再現性と実効性(月ロケットやコンピューター), などが私たちに印象付けるパワーであり, また, 生死を賭けた戦いにおいて, 「ピストルは刀に勝つ」と要約されるようなパワーである。あるいは, このパワーを, 次のように言いかえてもよい。近代ヨーロッパ文化の, みずから自負する普遍性を根拠とする他文化への"啓蒙"と, その"啓蒙"とタイアップして進む経済的武力的"侵略"。
どんな時代のどんな民族の文化も, 世界を見るための, それぞれの「メガネ」に違いなく, 皆「メガネ」をかけていることでは同等であり, ある価値観をもつひとつの文化が他の価値観をもつ文化に対して, 全面的に優越したり, "教化"したりする根拠などない。そうした意味での文化の相対性は十分承知の上で, なお, 近代ヨーロッパ文化の生んだ科学と技術が, これほど突出してきたのは, どういうことなのか ?

ざっと, こんな感じの問いかけ, というよりは葛藤の訴えだったかと思う。私自身は, こうした発言の気持ちを感じ取れる一方で, 自分の生まれつきの体質として"東洋的"といわれる文化に浸っている自覚があり, 二三の経験を引き合いにして議論のバランスを取ろうとしてみた。一方で, 私は海外で暮らすほどの異文化経験もなく, 私より海外経験の豊富な人にはもっと切実な"近代ヨーロッパ文化経験"があるのだろうと, 想像している。

今回表出されたことは, 今後の講座の中で引き継いでゆこう。今思いつく具体的なことは, 数学を材料にするならば, 古代からの, 先文字文化, バビロニア, エジプト, インド, 中国, ギリシャ, アラビア, 日本, 近代ヨーロッパなど, 様々な文明の中で光り輝いた数学の独自性を調べること。その中で, 各文化の特殊性と, 「特殊性にこそ宿る普遍性」が見えてくるだろう。音楽や美術を材料にすることもできるだろう。