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講座「アートとしての数学」第28回(2005/7/8)メモ

言語表現と数学(続き)


ここらで, 等比数列ということを離れて, インドや中国の古い問題から拾い上げて味わってみよう.

「リーラーヴァティー」(12世紀インド)から

「蜂の群れからその 3分の1 がシリーンドラの花に行き, 5分の1 がカダンバの花へ, またその両方の差の 3 倍がクタジャの花へ行った. 残ったもう 1 匹の蜂は,ケータキーとマーラティーの花の香りに同時にとらえられて, あたかも 2 人の愛人からの使者に同時によびかけられた男のように虚空を右往左往している.子鹿の眼をした愛らしき娘子よ, 群れのハチの数を述べなさい.」

「雲の到来にともなって, 鵞鳥の一群の平方根10個分はマーナサ湖へ渡って行き, 全体の 8分の1はスタラバドミニーの森に向かって水辺から飛び立って行った. またつがいの鵞鳥たちが 3組居残ってやわらかい蓮の繊維根の生い茂る水の中でむつみ合っているのが見えた. 娘子よ, 群れの全数を述べなさい.」

「プリター(クンティー)の息子(アルジュナ)は戦場において憤激して, カルナを討つべく次々と矢をつがえた. 彼はその半分で彼(カルナ)の放つ矢の雨を避け, 平方根 4個分で馬を, 6本でシャルヤ(カルナに仕える御者)を,また 3本の矢でそれぞれ日傘, 旗印, 弓を, そして最後の 1本の矢で彼の頭を射抜いた. アルジュナがつがえた矢は何本か.」

「赤鵞鳥や水鷺が水上にひしめく池で, 水から上 1ヴィタスティ(= 2分の1ハスタ)のところにみられた蓮のつぼみの先端が, 風にうたれてしだいしだいに動かされ, 2 ハスタだけ離れた点で水に没した. 数学者よ, すぐに水の深さを述べなさい.」
注. 「ハスタ」は長さの単位で 1 ハスタは 50 cm くらい.
これと同じアイディアの問題は中国古代の「九章算術」にもある.

「甘味, 辛味, 渋味, 酸味, 塩味, 苦味という 6 つの味によって, それらから 1個, 2個, 3個などの味をひとつに調合したら, 薬味にどれだけの現れ方の種類があるか, 数学者よ, 述べなさい.」

「リーラーヴァティー」の原文はすべて韻文(詩)の形式で書かれている. 読者への呼びかけも多い. 上の例の他, たとえば「友よ」「愛し子よ」「幼くして思慮深きリーラーヴァティーよ」「小鹿のように揺れる眼差しをしたリーラーヴァティーよ」「魅惑的な女性よ」「商人よ」「聡き者よ」「聡明な友よ」・・・・・・
伝説が様々あり ・・・・・・ 作者バスカラにはリーラーヴァティーという名の娘があったが, 彼女は一生結婚しない星のもとに生まれたとされ, バスカラはその娘の名を世にとどめるためにこの数学書を書いた ・・・・・・ 等々. これらの伝説に実証的根拠は何もないらしいが.

「九章算術」(中国 1世紀頃)から

「いま, 鴨(かも)は南海を飛び立ち, 七日で北海に到着する. 雁(かり)は北海を飛び立ち, 九日で南海に到着する. いま, 鴨と雁が同時に飛び立ったならば, 何日で出あうか.」

この問題の作者は, 中国の古典「荘子」の次のような冒頭を読んでいたかもしれない.

「北のはての暗い海にすんでいる魚がいる. その名を鯤(こん)という. 鯤の大きさは, 幾千里ともはかり知ることはできない. やがて化身して鳥となり, その名を鵬(ほう)という. 鵬の背のひろさは, 幾千里あるのかはかり知れぬほどである. ひとたび, ふるいたって羽ばたけば, その翼は天空にたれこめる雲と区別がつかないほどである. この鳥は, やがて大海が嵐にわきかえるとみるや, 南の果ての暗い海をさして移ろうとする. この南の暗い海こそ, 世に天池とよばれているものである. ・・・・・・ 」

次に, 問題ではないが, 数と言語を結びつける記数法がインドには各種あり, 興味深いので簡単に紹介する. これらはいずれも, 天文学に現れる定数などの表記のために考案された.

その中のひとつ, 単語連想式記数法は,
0 → 空, 雲, 空虚, 充満
1 → 月, 大地, 形または銭
2 → 目, 腕, 手, 翼, 双子
3 → 火, 原質, 世界
4 → 海, ヴェーダ, 足
5 → 感覚器官, 五官の対象, 五大元素, 矢
・・・・・・・・ などのように, 数から連想される言葉によって数を表す.
たとえば, 64800 なら,
sunyaambaraastalavanodasatka
空虚
00846
4320000 ならば,
khacatustayaradavedah
空四つヴェーダ
0000324
数字の並びだったものが言葉の並びになった途端に, 別物の想像力を喚起しはじめる.
インドの天文学者は, 三角比の正弦表の全体をこのような数言葉で韻文形式にし暗記したそうである. この表記法は おそらく3世紀までさかのぼるという.

また, カタパヤーディ式という数表記法では, 0〜9それぞれの数と子音が対応する. たとえば, 1 には子音 k, t(反舌音), p, y が対応する.(4個の子音のどれを選ぶのか, 規則があるのかないのか私は知らない) 2 には kh, th(反舌音の), ph, rが対応する, など. そして, たとえば, 数12 の十の位 1 には pu, 一の位 2 には ra のように, 対応する子音を含む音節をあててゆく. 対応する子音以外の子音や母音は数に関係なく自由に選べるので, 音節の並びを意味のある言葉の形に作りやすくなる.(日本語の数の語呂合わせにも似ている. 5の平方根2.2360679・・・・「富士山麓オウム鳴く」 ) この技巧を駆使すれば, 言語的には首尾一貫した物語, 数値的には天文常数表というような書物も可能となる. 実際そのような作品もあったそうである. この表記法の発案は 4世紀前半との説もある.

以上, インドの「数と言語を結びつける記数法」については, おもに林隆夫「インドの数学」(中公新書)による.
数に言葉を結びつけるのは, 数表の記憶のためだったようだが, 同時にそこに, 物語や想像力ヘの人間の強い嗜好を感じる.

さて, 等比数列にもどって, 7倍7倍の話しで追ってみる.


7倍7倍問題

古代エジプトの問題から

紀元前17世紀頃のエジプトの数学の本「リンドパピルス」から

家 7
猫 49
ねずみ 343
小麦の穂 2401
小麦のます 16807
合計 19607

こんな意味のことがエジプトの文字で書いてあるのだが, 数をよく見ると, 72=49, 73=343, 74=2401, 75=16807 と, 7を次々にかけてできる数になっている. それで, 次のようなお話しを想像する人もある.

7軒の家のおのおのに 7匹の猫がいる.(全部で, 7×7=49匹の猫)
おのおのの猫は 7匹ずつのねずみを殺す.(全部で, 49×7=343匹のねずみ)
おのおののねずみは, (殺されなかったら) 小麦を 7穂ずつ食べる.
小麦 1穂から 7ますの小麦がとれる.
猫のおかげで, 何ますの小麦がねずみに食われずにすむか ?

だから, 食われずにすむ小麦は 7×7×7×7×7=16807 ますになる. 最後に合計19607があるから, 数を全部たすといくつ ? というクイズだったのだろうか.

12世紀イタリア. ピサのレオナルド(別名フィボナッツィ)「算板書」から

7人の貴婦人がローマへ旅した.
それぞれの婦人は 7頭の騾馬(ラバ)を持ち,
それぞれの騾馬(ラバ)は 7個の袋を荷ない,
それぞれの袋には 7個のパンが入れてあり,
それぞれのパンには 7 挺のナイフがあり,
それぞれのナイフには 7本のさやがある.
名ざされたすべてのものの和はいくらか?

イギリスの伝承童謡集「マザーグース」に次のようなのがあるという.

セントイーブスへゆく途中,
7 人の妻をつれた男に会った.
どの妻も袋を 7 個持ち,
どの袋にも猫が 7 匹入っていて,
どの猫にも子猫が 7 匹いた.
子猫, 猫, 袋, 妻たち,
セントイーブスに向かっていたのはみんなでいくら ?

これら, エジプト, イタリア, イギリスの話しは, どれも「7」の入れ子パタンであり伝承のつながりがありそうだ. また, 人間が昔から「7」を好んだことの例とも思える.

エジプト人の 7+72+73+74+75の計算法

はじめのエジプトの問題にもどると,合計を求める計算は,
7+72+73+74+75=19607
であるが, その問題の横に,
2801に 7 をかけると 19607
という計算が書いてある.このことから, エジプト人の計算法が次のように推測される.

7 からはじめて「1 をたして 7 をかける」ことをくりかえすと,
7
(7+1)×7=72+7
(72+7+1)×7=73+72+7
(73+72+7+1)×7=74+73+72+7
(74+73+72+7+1)×7=75+74+73+72+7
という風に, 公比 7の等比数列の和を求めてゆける. ところで, エジプトの本にある「2801に 7をかけると 19607」は,「74+73+72+7=2800 に 1 をたすと 2801で, それに 7 をかけると 19607」と解釈できるので, エジプト人は上の繰り返し計算を使っていたのだろう. 漸化式計算の古い実例である.

上とタイプは違うが 「塵劫記」(日本 17世紀)の「ねずみ算」問題にも 7倍 7倍が現れている.

正月に, ねずみ, 父母出でて, 子を十二匹生む. 親ともに十四匹になるなり. このねずみ, 二月には, 子もまた子を十二匹づつ生むゆえに, 親ともに九十八匹になる. かくのごとく, つきに一度づつ, 親も子も孫も「ひこ」も, 月々に十二匹づつ生む時, 十二月の間に, なにほどになるぞといふ時に,
二百七十六億八千二百五十七万四千四百二匹になるなり. (以下略)

この話しの言いたいことは, "つがい"で数える方がわかりやすい.
オスメス 2匹=1つがいのねずみから, オス6匹メス6匹合計12匹=6つがいのねずみが生まれ, 全部で14匹=7つがいになる. つまり「1つがいが 7つがいに増える.」 これをくりかえすと, 初め 1つがい→1月に 7つがい→2月に49つがい→ ・・・・・・ と増えてゆくから, 12月には, 712=13841287201つがい=27682574402匹.

この話しのおまけがまたおもしろい.

(・・・ 略 ・・・)
右のねずみ, 尾に食いつき尾に食いつきして, 海を渡りて入唐するという時, なにほどにつづくぞという時,
七十八万八千六百五十四里二十三町二十間八寸といふ.
但し, 一里といふは三十六町にして, 1町は六十間にして, 1間は六尺五寸にして, ねずみ長さ四寸にしてなり.

この長さは約 340万km(地球を約85万周))