インドのチャトランガ(将棋の先祖)のお話し

(主に, ジョルジュ・イフラー「数字の歴史」(平凡社)による. 長さの単位をわかりやすくメートルになおすなどしている)

ある日, セッサという名のインドの学者がチャトランガ(将棋とチェスの共通の先祖のゲーム)を発明した. 後にこのゲームは, インドの王様に贈られた. 王様はその巧妙さと組み合わせのヴァラエティに富んでいるのに気づき, いたく感心したので, 家臣に当の学者を呼びにやらせ, 彼に褒美をとらせようとした.

--- お前のすばらしい発明に対して, と熱中した王様は言った,望むものなら何でも褒美として与えよう.お前に対してなら,私の寛大さはとどまるところを知らぬ.

--- 王様, あなたの好意の大いなること. 私は多くは要求しません. ただ, 私のチャトランガの盤の64個の目を埋めつくすだけの小麦の種をお与えくださることを願うだけです. ただし, 第1の目には 1粒の種, 第 2の目には 2粒の種, 第 3の目には 4粒の種, 第 4の目には 8粒の種, 第 5の目には16粒の種というふうに, 一つの目から次の目に進むごとに 2倍した数の種を置くのでございます.

---お前の要求はなんと慎ましいものだ, と驚いた王様は言った. お前の望みはわたしの歓待ぶりにも似合わぬものであるし, 私が与えられるだけのものをお前に与えようという私の気前のよさに比べて, なんとつまらぬものであろう. お前は私の気を悪くさせようというのか.

しかしセッサの主張にあって王様は諦め, この賢者が要求した<小麦袋> を即刻持って来るよう, 大臣に命じた.

数日後,王様は, あの愚か者のセッサが貧弱な褒美を手にしたかどうかを知るため, 大臣に問いただした.

.---あなたの厳かな宮廷に雇われました計算係は, いまだに計算の手を休めてはおりません. しかしながら, 夜明けまでには, その労を終える所存でございます.

しかし, 翌日になっても, 宮廷の計算係は相変わらず, セッサに与えるべき小麦の量を決定することができなかった.

---これほど簡単な問題を解くのに, どうしてこれほどの後れをとるのだ, と怒った王様は詰問した. 明日までにこの件は落着させよ.

翌日, この命令はもう一度反故にされた. 怒った王様は計算係を無能と判断して解雇した. しかし新たに雇い入れた者たちも,それほど早く先に進めなかった.

数日間不眠不休の作業のすえ,計算係の長が,結果を報告するために王様の御前に進み出た.

---それで, と待ちきれずに王様は言った, あの律儀なセッサに与えるべきものを与えたのか.

---慈愛あふれる王様. 私の言うことをお許しください. 王様の全権をもってしても, 王様の富みがどれほどのものであろうとも, あれだけの小麦をお与えになることはできません. たとえ王国の全穀倉を空にいたしましても, その量は, あの膨大な量に比べれば, いかほどのものでもありますまい. 地上にありますすべての王国の穀倉を集めましたところで, この量が得られるとは思われません.

---はっきり申せ !

---あの賢者の所望する小麦の種は, まさしく, 千八百四十四京六千七百四十四兆七百三十七億九百五十五万千六百十五という数にのぼります.(→注1)

---もし, 王様が断固としてこの褒美をお与えになる所存でございますなら, と計算係はつけくわえた, 十二兆立方メートルの容積の倉の中に, その小麦全部をお入れにならなければなりません. それには例えて申せば, 横 4メートル, 縦十メートル, 高さ三百兆メートル(注.地球から太陽までの距離の2倍)の穀倉を建造しなければなりません.

まことに, と王様は感嘆して答えた. あの賢者の発明したゲームは巧みなものであったが,それに劣らず彼の要求も絶妙なものであった.それにしてもこの膨大な負債を返済するのに, 私はどうすればよいのか, 賢き者よ, よいてだてを申してみよ.

---かの賢者が要求した小麦の全量を, 一粒一粒, 彼自身で数えることを提案いたします. 1秒につき 1粒の割合で数えることに専念いたしましても, 6ヶ月でたったの一立方メートルほど, 10年で二十立方メートルくらいしか数えられません ・・・・・・. 彼が生きながらえる年限でもその量は全く取るに足らないものにすぎません.

注1 これは, 千, 百, 十, 京, など数の位の言葉を書き記す表し方である.(現代人も発音するときはこの記法にしたがっている) これに対して, インド起源とされる現代の記法では, 数の位の言葉を記さず, 単に 18446744073709551615 と記す. 詩人アル-サブハーディは, この現代記法に相当するインド式記法を記し, その計算と表記の簡潔さと正確さを称えている.