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個(単位)を表す 1 と全体を表す 1

「ひとつにまとめる」というときの「ひとつ」は全体を表しており, 「たったひとつ」というときの「ひとつ」は2個や3個よりも小さい 1個ということで個(単位)を表している。そこで, 1 の意味を, "全体"と"個(単位)"に分けてみよう.

どちらの意味の 1 も「非分割」ということが共通の源泉だろう. すなわち, 全体とは, 対象を部分に分割せずにひとつのものと見るときの呼び名だし, 個(単位)とは, ひとりの人を分割するわけにいかないように, それ以上分割できないものの呼び名だから.

現代人の感覚では, 1というと, 2や3より小さい数, 1個だけ, といった「個(単位)の意味」のイメージの方が強い気がするが, 思いめぐらすと「全体を表す1」の言葉もたくさんある。以下に国語辞典と漢和辞典をながめて書き出す. 一方に分類しにくい言葉もあるが, 2面性に注目するために, あえて分類してみる.

  • 全体としての 1 に関係あるもの
    ひとまとめ, 世界はひとつ, ひとそろい, ひとまわり, ひとわたり, 統一, 一切, 一緒, 一座, 一族, 一門, 一家, 一同, 一任, 一様, 関東一円, 一概に, いっぱい(一杯), 均一, 同一, 一括, 一体全体, あたり一帯, 一般
  • 個としての 1 に関係あるもの この種はきわめて多い. 一回や一本のような普通の数量表現ははぶき, それ以外や特徴のあるものから少し挙げる.
    ひとりぼっち, ひとめぼれ, 隋一, 唯一, 一流, 一々, 一杯, 一見, 一目瞭然, 一介, 一部分, 一双, 靴の一足(いっそく), 一対
  • もっぱらの 1 心を2つに分けない感じ
    一意専心, 一途, 一念, 一徹, 一貫, 一心不乱
  • 意味がわからず気になる 1
    一か八か, 一味, 一目散, 一揆

「いっぱい(一杯)」は意味あいが2つに分化したようだ. 「コップ一杯の水」と言うと, 2杯でも3杯でもない 1杯の水. この場合の 1 は単位としての 1である. 他方「コップいっぱいの水」はコップの上端まで満ちた水という意味. 「いっぱい」も漢字で書けば「一杯」. 袋いっぱい, 腹いっぱい, 部屋いっぱい, などの言い方を考えると, 何かの入れ物全体に満ちているのが「いっぱい」だから, もともと「一杯」だったのだろう. 「一杯」の「一」は入れ物全体を示す「全体の1」と言えないだろうか.

英語篇. 個の 1 と全体の 1

英語, フランス語などのヨーロッパ諸言語から, ペルシャ語, サンスクリット語(古代インド)などまでふくむインドヨーロッパ諸言語において, 数詞の 1 は語源的に 2系統あるという. ひとつは印欧祖語の語根 sem- に由来する言葉で, sem- の原義は「ひとつにまとめる」であり, 英語では same(同じ) がこれに由来する. もうひとつは, 印欧祖語の語根 ei- に由来する言葉で, 原義は「特にこのひとつの, 唯一の, ユニークな」であり, ei- に由来する言葉は, ドイツ語の ein, ラテン語の unus, 英語の one などである. つまり, sem- と ei- の2系統の「1」が, 原義において, 「ひとつにまとめる」全体の1と, 「唯一の」個の 1に対応している.

以上は, 泉井久之助「印欧語における数の現象」大修館書店(1978年) による. もっとくわしくは泉井氏の本をごらんいただきたい.

ラテン語の unus, 英語の one などは, 語源的には「唯一の」であり「個の 1」ということになるが, 歴史的変遷の結果,「全体の 1」の意味も多く見られるようだ. 以下に挙げる.

  • 全体の 1
    <ラテン語系> universe(宇宙. "ひとつにされた"), university(総合大学), union(連合), onion(たまねぎ. 何枚もの皮が集まってひとつになっている), unite(一体にする. →United States of America), unity(単一性, 統一), unison(斉唱. "ひとつの音"), uniform(一律の. "ひとつの形"), unanimous(満場一致の. "ひとつの心の")
  • 個の 1
    <ラテン語系> unique(唯一の), unit(1個, 単位. unityの短縮形), ounce(重さの単位オンス), inch(長さの単位インチ)
    <ゲルマン語系> one(1), an および a(ひとつの), once(一度), alone(ひとりで. al+one"all one"), none("not one")

ギリシャ語 monos("single, alone") につながる英単語. 手元の英語辞典で調べる限り, 「個の1」の意味しか見つからなかった。ギリシャ語 monos にそもそも「個の1」の意味しかなかったのかどうかは知らない。

  • 全体の 1
  • 個の 1
    monk(修道士. "living alone"), monochromatic(単色の), monody(独唱歌), monograph(単一テーマの論文), monolith(一本石), monologue(独白), monopoly(独占, 専売), monotone(単調(音)), monotheism(一神教), monorail(モノレール), 他にも, mono(1の意)を接頭辞として作られた単語は特に学術用語に多い。