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講座「アートとしての数学」第22回(2005/1/19)メモ

前2回の「比について」の続き。 比(ロゴス)の意味を数学に限らず言語, 美術, 音楽などの文脈でも考えるとき, 比を広義に「2項関係」としてとらえる方が有益である。2項関係の対立を仲介統一する第3項の役割については, 本講座第14回メモでも触れたが, この第3項が, 古代ギリシャの比(2項関係)の理論では中項として現れる。この中項が前回の主な話題だったが, 今回はその続きから。また, 第3項には2項関係が作りやすい癒着膠着状態の打開の意味や, 3,4,5,・・・・・ とつづく多数性への展開の意味もあるが,これらの意味も, 比(2項関係)の理論と対応して考えられそうである。


次に, 中項が2個以上のこともある.

プラトンの「火と土の比例中項」(→「ティマイオス」30節c〜参照)
神は万有を構築しはじめるに当たり, 火と土から作ろうとしたが, 2つのものは, 第3のものなしに, うまく結び合わさることはできない. 2者を結び合わせる中間のきずなとして最も立派なものが中項によるものである.
ところで, 万有の身体は立体的であるので, 火と土は立方数(1, 8, 27, 64, ・・・・・・ のように整数の3乗で表される数)で表される. 立方数には中項 2個が必要である.

注. たとえば, 立方数 8 と 27 の 2つの中項は,
8 : x = x : y = y : 27
となる 2数 x, y で, 12 と 18 である.
任意の 2個の立方数に対して, 必ず 2個の中項が整数で存在することがわかっている.

さて, 火と土を結び合わせるために, 神は, 火と土の間に水と空気を置き,
火 : 空気 = 空気 : 水 = 水 : 土
となるように仕上げた. こうして, この宇宙の身体は, 比例によって生み出され親和力を得, 何者によっても解かれえないものとなった.

(4) 比の累積(二項関係の再帰)

夢を見た. その夢の中でまた夢を見た. その夢の中の夢の中でまた夢を見た. ・・・・・・ こうして階層の深い夢をどこまでも考えられる.
今日には明日がある. その明日にはまた明日がある. その明日の明日にはまた明日がある. ・・・・・・
この種のお話しをいくつでも考えてください. これらの話しは共通の構造をしており, 数の比で例示すると次のようになる.

「入れたお金を 2倍にして出してくれる機械がある」・・・・★
最初 1円を入れると, 2円が出てくる. 出てきた 2円をまたその機械に入れると 4円が出てくる. その 4円をまた機会に入れると 8円が ・・・・・・
(入れたお金) : (出てくるお金)について次のような等式を書ける.
1 : 2 = 2 : 4 = 4 : 8 = 8 : 16 = 16 : 32 = ・・・・・・・・
この式を見ると, たとえば, 1 : 2 = 2 : 4 のように, ある段階の比の後項と次の比のの前項が等しい. (出てきたお金)を次の比の(入れるお金)にする. これを繰り返している.

夢の中の夢の中の・・・・ を, 比の式で書いてみよう. まず,
(現実) : (夢)
と書こう. これは比の記号で「現実と夢の関係」を表しただけで,2 : 3のような数の比とはもう関係ない.次に
(夢) : (夢の中の夢)
を考えると,
(現実) : (夢) = (夢) : (夢の中の夢)
と書けないでしょうか. なぜなら,「現実と夢の関係」と「夢と"夢の中の夢"の関係」は同じだから. もっとくりかえすと
(現実) : (夢) = (夢) : (夢の中の夢) = (夢の中の夢) : (夢の中の夢の中の夢) ・・・・・・
「夢の等比数列」ができた.

1 : 2でも(現実) : (夢)でも(今日) : (明日)でも, どんな二項関係でも, a : b = b : c を繰り返せたら, 同様の比の等式で表せるだろう.
一 : 十 = 十 : 百 = 百 : 千 = 千 : 万 = ・・・・・・
このようにして, 人は,大きな数をどんどん作っていった. 日ごろ使い慣れすぎて当たり前に思っているが, 二項関係の繰り返しで, 手に届かないところまで飛躍する人の思考原理がよく現れている.

また, たとえば, 人が「三千」という言い方を聞くとき, 千の3倍ということで数の大きさをイメージしている. 決して, 三千個の粒粒や三千人を正確に, 二千五百でも四千でもない「三千」を正確に頭に描いてイメージするわけではないだろう. つまり,
三千 : 千 = 三 : 一
という2項関係の相等によって, 一目でとらえられる関係「三 : 一」から類比的に(analogicalに)「三千 : 千」をとらえているだろう. 一方で, 千は,「一 : 十 = 十 : 百 = 百 : 千」という2項関係の相等(類比)によってとらえているから, 三千は, 2重の類比に支えられてとらえられている. このように, 人は感覚で直接とらえられない数量を, 2項関係の相等(これこそアナロジーの原義だった)によってとらえる.

もう1例, 合わせ鏡について.
(自分) : (自分の映った鏡) = (自分の映った鏡) : {(自分の映った鏡)の映った鏡} = ・・・・・

これまでの例は2項関係の積み上げが, 無限に新しいものを生んだが,次のような循環タイプもある.
味方と敵に真っ二つに分かれた集団を考える. この集団のメンバーに中立や第三勢力はないとする. 自分がこの集団のメンバーだと思って考えると, たとえば, (自分の)味方の味方はやはり(自分の)味方である. これは「友達の友達は友達」というのと同様の論理. また, 敵の敵は味方のはずである. くわしく言うと「敵にとっての敵は味方を指す」ということ.
さて, 「味方 : 敵」という関係と「敵 : 敵の敵」の関係は, どちらも後者が前者の敵である, という意味で等しい. すなわち,
味方 : 敵 = 敵 : 敵の敵
2項関係をもう一度くりかえすと,
味方 : 敵 = 敵 : 敵の敵 = 敵の敵 : 敵の敵の敵
式の形としては無限に続けられるが, 「敵の敵」は味方であり, 「敵の敵の敵」は敵, というぐあいに, 味方と敵が交互に現れるだけである. この場合, 2項関係の積み上げは, 元の2項「敵と味方」以外に何も生まない.

これと同種の2項関係は多い. 表と裏, 賛成と反対,肯定と否定, 同性と異性, ・・・・ 等々. また, この種の2項関係は対立する関係ばかりとは限らない. 「自分と相手」の2人だけの世界があったとすると,「相手の相手は自分」などとなる. そして, この「相手」を敵としても恋人としてもよいことがわかる.

また, 数の世界では, 正負の数のかけざんにおける「正と負」がこの種の2項関係を表す. 「味方と敵」でいうと
「味方の味方は味方. 味方の敵は敵. 敵の味方は敵. 敵の敵は味方」に対応して
(+)×(+)=(+). (+)×(-)=(-). (-)×(+)=(-). (-)×(-)=(+).
正負のかけざんとは, 循環する2項関係の, 数の世界での表現だったのだ.

敵対関係の作る無限列,
味方, 敵, 敵の敵, 敵の敵の敵, 敵の敵の敵の敵, 敵の敵の敵の敵の敵, ・・・・・
は,
味方, 敵, 味方, 敵, 味方, 敵, ・・・・・
と同じことで, もし, 味方を +1 で表すことにすると,
+1, -1, +1, -1, +1, -1, ・・・・・・
という公比-1の等比数列で表されることになる.