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講座「アートとしての数学」第25回(2005/4/14木)メモ

【講座終了後の書き足し】今回の話題のなかで, 崩壊してゆく放射性元素の量や与えられた仕事の残量を一定時間ごとに見ると,
16, 8, 4, 2, 1, 0.5, 0.25 ・・・・・
のような等比数列が現れる話しをした. (くわしくはここら辺) これらは, 時間とともに一定の速さで減少するのでなく, はじめ急速に減り, その後 0に近づきながら減り方をゆるめていく. この話しをしたところ, この減り方が, 「ダイエット中の目標体重への近づき方」や「恋愛感情のさめ方」に似ているなどの意見が出て盛り上がった. 恋愛感情だけでなく怒りのおさまり方やショックからの回復過程など感情の減衰は似ているかもしれない. そこで, 講座のとき思いつかなかったが後で思い出したことを書いておく.

仕事をしていて疲労が現れ始めると,「疲れがどっと出る」というように, はじめ疲労度は急速に上昇するが, 時間とともに疲労度の上昇はゆるまり, 疲労の飽和状態(上限)に近づいてゆくという. 疲労の上限をかりに 16 とすると, 一定時間ごとの疲労度は,
0, 8, 12, 14, 15, 15.5, 15.75 ・・・・・・
のようになる. 小杉肇「eの数学」によると, このような経過は実験的にも認められているという. これは, 先の例とは減少と増加が逆だが,「急速な変化→変化がゆるまる→最終状態へ近づく」というパタンは同じである. 感情も疲労もダイエットへの努力も, 人間という生身の生き物において現れる過程だから, 似たようなメカニズムが作用して似たような変化パタンが現れるのだろうか?

もうひとつ, これは物理的な現象だが, コーヒーの冷め方も同様な変化パタンである. かりに, 室温20度の部屋でいれたコーヒーがはじめ84度だとして, 15分後に52度になったとする. この場合, 15分ごとのコーヒーの温度は, 計算上は
84度, 52度, 36度, 28度, 24度, 22度, 21度, ・・・・・
となる. 室温20度との差であらわすと,
64度, 32度, 16度, 8度, 4度, 2度, 1度, ・・・・・
コーヒーの温度と室温の温度差が大きいほど, コーヒーの温度変化は大きいのである.


ダ・ビンチのデッサンは, 絵画と技術的発明の両方の"下絵"だったろうと思う. 自然現象や人体をよく見て構造をとらえることは, 絵を描くためにも, 自然のからくりを利用して役に立つものを発明するにも, 大いに役立つことだろうから.

数学は, 自然現象のデッサンとして見ることもできる. たとえば, 微分積分は, 天から落ちてくる雨粒の動きを描写し, ロケットが月に到着するための軌道計算を可能にする.

デッサン(dessin)というフランス語は, 英語のデザイン(design, 設計の意)と語源でつながる語で, 素描と訳されているが, 下絵, 設計, 構想などの意味を合わせもつ. 参考→西欧語の「素描」との関わり.渡辺晃一 「デザインとプログラミング」青木 淳
数学がデッサン(下絵, 設計)だとすると, 自然を描写するだけの道具でなく, からくりや音や形を創り出す下絵にもなれるわけである.

形, 音, 自然現象に現れる等比数列

新しい生命が誕生するとき, 1個の受精卵は卵割によって, 2個, 4個, 8個, 16個, ・・・・・・ と細胞数が 2倍ずつに増えてゆく. ということは複数の細胞が同調しながら2分裂してゆくということだろう。これだけでも不思議だ. 細胞の個数が増えてゆくと, この同調は崩れてくるらしいし, また卵割の形態, 進行速度などは生物によって様々である. 私は卵割についてこの程度を何とか調べただけだが, 次にあるようなWEBページの写真を見るだけで, 体の力が抜けてくるような思いがする.
ウニ(水産雑学コラム)
ウニ(新潟県立自然科学館)
ウニ(図解も)(いきもの Kazuhiroのホームページ)
ボルボックス(植物)(JT生命誌研究館)
マミズクラゲ(Gen-yu's Files)
モノアラガイ(自然の恵みとともに)

参考:宇宙生成と数の本性(当講座第4回(03/7/20)メモから)
ピュタゴラス派の人たちも空虚が存在すると主張した。そして,気息(空気)と空虚が無限なるものから天そのものの中に --- いわば天が気息を吸いこむようにして --- はいっていき, 空虚は, 継続的に存在するもののうちのあるものを分離し, 区分するようにして, もろもろの自然本性を区分する。そして, このことはまず最初に数においておこなわれる。なぜなら, 空虚は数の自然本性を区分するからである, と主張したのである。
(アリストテレス「自然学」)
<注>アリストテレス「自然学」の別の箇所に, 「ピュタゴラス派は天の外側にあるものが無限であるとしている。」

こういう文章は神話を読むか夢を見ているような気分にさせてくれる。

無限定なるカオス(混沌)に空虚が入りこみ, 分割されつつ形を作り, 星々とその秩序ある動きが生まれる。このことが数においてなされると, 混沌が分割され, 1, 2, 3, ・・・・ の数が生まれる, ・・・・・・ こんなイメージは単純すぎるかもしれないが解釈の助けと思ってほしい。生命誕生における卵割のイメージとも重なる。
そうすると, ギリシャ数学が, 本当の数としては, 1, 2, 3, ・・・・ の整数だけを認め, 分数を実用上のものとしてしか認めなかったことにも, つながってゆく。
また, 無限定の音(宇宙のうごめきが発するもの)から, メロディーを形作る音を, 弦長の比という数が選び出す。
いつも, 数は, 無限定なるカオスに限定と秩序を与えるものなのだ。

「倍倍に増える」というしくみさえあれば, 等比数列ができる.

十分な栄養のある環境でのバクテリアの増え方。かりに 1時間ごとに 1個のバクテリアが 2個に分裂して増えるとすると, 全体ではじめ 1グラムあったとすると, 1時間後に 2グラム, 2時間後に 4グラム, 3時間後に 8グラム, ・・・・・・ となり等比数列が現れる. 「一定時間に量が一定倍になってゆく」のは生き物の増え方の基本だろう. バクテリアも人間も基本的に同じ. 一定倍の倍率が 1より小さければ減ってゆく. 日本人口は 明治から100年ほど 1より大きい一定倍率の等比数列に近かったが, 現在は, 1より小さい一定倍率に移行する途中にあるようだ.

放射性元素の原子の個数は, 一定時間に一定倍率で減ってゆく. 半分の量になる期間(半減期)は, ラジウムで約1600年, ウラン238で45億年, ラジウムCで0.00014秒.
また, 体内に吸収されたある種の有機水銀は1年間に 1割だけ体外に排出される, つまり 1年に0.9倍という.
いずれも, 「一定時間に現存量の一定の割合がなくなる」しくみから起こる. これは「単位物質(原子や分子)について一定時間に一定の確率でなくなる」と言ってもよい.
これと似たしくみとして,「仕事の遅れかた」の数学的モデルがある. 事務処理などでは, たまっている仕事が多いほど早く仕事をする傾向がある. かりに, 残っている仕事の量のうち 4割を1日にすます人がいたとする. 初めの仕事量を100 とすると, 1日後までに 100×0.4=40の仕事をするので, まだ60残る. 2日後までに 60×0.4=24の仕事をして 60-24=36 残っている. 表にしよう.(小数点以下四捨五入)
初め1日後2日後3日後4日後5日後6日後7日後
残りの仕事量10060362213853
計算上では残りの仕事はいつまでも 0にならないが, ほどほどで 0とすればよい. "週末効果"というのも聞くから, 実際には残りわずかになれば素早く 0になるだろう. 表の数の並びは公比0.6の等比数列である. これはあくまで数学モデルだが, 事務仕事, 輸送, 注文品の入荷等の遅れの巨視的表現に有用なことがあるそうだ.

「感覚は等比的な変化を等差的にとらえる」(フェヒナーの法則)たとえば, 音の振動数が2倍になると, 1オクターブ高い音なので, 元の音の4倍で 2オクターブ, 元の音の8倍で 3オクターブ高い音となる. さらに, 1オクターブは半音12個から成るが, 現代のピアノやギターで普通に使われる音高の決め方(平均律)では, オクターブの振動数比 1 : 2 を等比的に12等分して半音音程にしている. したがって, 平均律では半音高くなると振動数は十二乗根2=約1.059になる. こうすると, 人の耳には, どの半音音程も同じ間隔の音程と聞こえることになる. ギターも平均律になるようにフレット位置を決めた結果, フレットの並びは等比数列の図示になっている. (半音高くなるごとに, 弦の振動する部分の長さはつねに約0.944倍=1/1.059倍)
音源の個数を2倍, 4倍, 8倍・・・・ にしたとき感じるウルサさ, 星の明るさと等級についても似たことが言える.(略)

相似比が等比的な三角形をつなげてゆくと対数螺旋と呼ばれる螺旋ができる. 巻き貝やカタツムリの螺旋も対数螺旋で, 象の鼻やサルの尾の巻き方もだいたい対数螺旋, 銀河系の渦巻きもそうらしい.→かたち*あそび. 螺旋

他にも, この項に書くべき現象や形態は非常に多いが, 多くの本やWEBページで見られるので調べてほしい. たとえば, 小杉肇 著「 e の数学」(恒星社厚生閣).