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体の諸部分で数える方法

体の諸部分を使って数える方法も世界各地の原住民文化から多く報告されている. 1例のみ挙げる.

トレス海峡(オーストラリアとニューギニアの間の海峡)のムレー諸島では, 「土人の唯一の数は netat=1 及び neis=2 である. それ以上の数は, 反復しすなわち neis netat=2,1=3 ; neis neis=2,2=4 等によるか, または身体のそれぞれの部分を引き合いに出すかして示される. 後の方法によると 31 までかぞえられる. この勘定は, 左手の小指からはじまって, 指, 手首, ひじ, 脇下, 鎖骨のくぼみ, 胸, 次に反対側の順序を追って右腕に来, 右手の小指で終わる. これで 21 になる. 足を加えれば, さらに 10 ふえる.」
(レヴィ・ブリュル「未開社会の思惟」岩波文庫.上p.231 Hunt の報告)

注 : これは100年ほど前の調査データ. 「2をひとまとめにする(素朴二進法)」で引用した報告と, 報告者は違うが, 同じトレス海峡である.

たとえば, 今日から 7日後に会合を開くとしよう. そのことを参加者共通の情報とするには, 明日から毎日1ヵ所ずつ体に印ををつけていって左ひじに至る日に会合を開く, と約束すればよい. すなわち, 明日から, 左手の小指, 薬指, 中指, 人差し指, 親指, 手首, ひじ, の順に印をつければ, 皆が同一の日を知ることができる.

特に上の例を示した理由は, 数詞としては 1, 2 を表す言葉しか持たない民族が,より大きい数量を別の方法であつかっていることが明示されているからである. 上例では, 左手の小指, 薬指, 中指, ・・・・ と続く言葉は, 単に体の部位を表す言葉として考えられ, 数を表す言葉=数詞ではないと思われる. それは, 同種の他の例においてだが, たとえば, 同一の"ひじ"という言葉が左ひじの示す数と右ひじのしめす数の両方に使われるという報告からもわかる. この場合, 「ひじ」という言葉は, 特定のひとつの数を示すのでなく, 単に体の部位の言葉だろう。左のひじか右のひじを指しながら言えば伝えたい数量はわかる. (指し示せば「ひじ」と言う必要さえないだろう). したがって, ここで数量表現に使われている身体部位の言葉は, 発達した数概念とは違うだろう.

ただし, このような身体部位を使う数量表現が, 数表現の発達の過程で, 数を表す言葉=数詞に取りこまれて, その痕跡を残していることはあるだろう. その辺については, 私はまだよく調べていない.